経営者にも、ある意味ダウンタイムが必要なのかもしれない。

失敗から学ぶ美容室経営

Netflixの『ダウンタイム』を観た。※ややネタバレあり

 

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いや〜。

なかなか面白かった!

 

 

美容整形業界を舞台にした作品。「医療で命を救う」沼田文と、「美で人を救う」遠山凜。

 

異なる信念を持つ二人の医師を中心に、華やかな美容医療の裏側にある欲望や葛藤が描かれているわけですが、

おそらく、多くの人が感情移入するのは松岡茉優さん演じる沼田文のほうだと思うんですよね。

 

 

しかし私は、仲里依紗さん演じる遠山凜から目が離せなかったですね。

 

次々と引き抜かれていくスタッフ。

突然、自分の思いどおりに動かなくなる手。

そして、あまりにも大きくなったブランドを背負い続ける重圧。

 

 

もちろん、遠山凜と私では立場も規模も違う。

同じ「美」に携わるものとして、

お客様の笑顔で生きていくものとして。

 

ただ、

あんなでっかい看板に写真なんか載せれない。

きぬた歯科のインプラントの院長みたいに・・・。

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それでも彼女を見ているうちに、これは美容外科の話であると同時に、組織をつくり、人を雇い、看板を背負ってきた経営者の話でもあるように思えてきた。

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人が去るとき、経営者は二重に傷つく

スタッフが辞める。

経営者にとって、それは単なる人員不足ではない。

予約枠をどうするのか。

残ったスタッフの負担をどうするのか。

採用は間に合うのか。

売上は維持できるのか。

 

 

当然、現実的な問題が一気に押し寄せる。

しかし、本当に苦しいのはそれだけではない。

 

自分がつくってきた会社を、否定されたような気持ちになるのだ。

本人には本人の人生がある。

 

独立したい人もいれば、違う働き方を選びたい人もいる。地元へ帰る人もいれば、新しい環境に挑戦する人もいる。

 

頭では分かっている。

会社に残ることだけが、その人にとっての正解ではない。

 

 

それでも人が去るたびに、

「自分の何がいけなかったのだろう」

「この会社には、残りたいと思える価値がなかったのだろうか」

と考えてしまう。

 

 

会社の問題と、自分自身の価値を切り離せなくなる。

 

経営者は、人が辞めたという現実と、自分を否定されたような感覚の両方に傷つく。

遠山凜が人を失っていく姿を見ながら、私はそんなことを思い出していた。

経営者にも、イップスがある

以前の私は、今よりも迷わず決断できた。

店舗を出す。

人を抜擢する。

新しいことを始める。

正解が見えていたわけではない。

 

それでも「何とかなる」と思えていた。

 

実際、創業から店舗を増やし、最盛期には4店舗を経営していた。

周囲からは、順調に成長しているように見えていたかもしれない。

しかし、経験を積めば積むほど、決断が簡単になるとは限らない。

 

人が辞める。

思うように育成できない。

信じて任せたことが、期待した結果につながらない。

 

 

そんな経験を重ねるうちに、次の一手を打つことが怖くなっていく。

 

昔なら振れたバットが、急に振れなくなる。

 

技術や知識を失ったわけではない。

むしろ昔より、多くのことを知っている。

 

 

ただ、知ってしまったからこそ怖い。

失敗したときに何が起きるのか。

 

人を巻き込むとはどういうことなのか。

経営者のイップスとは、能力を失うことではない。

 

以前はできていた決断を、自分で信じられなくなることなのかもしれない。

遠山凜の手が思うように動かなくなる姿を見ながら、どこか自分とも重ね合わせてしまったり・・・。

ブランドは、力にも重圧にもなる

遠山凜は、自分一人の名前で仕事をしているわけではない。

父が築き上げた巨大なブランドと、「神の手の継承者」という期待を背負っている。

 

ブランドが強ければ、人は集まる。

信用も得られる。

働く人にとっても、誇りになる。

 

 

しかしブランドが大きくなるほど、それを背負う人間は自由を失っていく。

 

期待を裏切れない。

弱音を吐けない。

失敗できない。

遠山凜は、ブランドに守られているように見えて、同時にブランドから逃げられなくなっていた。

 

独立を決意し、

「地域になくてはならない美容室にしたい」

「最も愛される美容室、美容師でありたい」

そう願いながら、ここまで続けてきた。

それは今も変わらない。

 

サロンの看板を大切に思っているし、そこで働くスタッフも守りたいと思っている。

しかし、自分でつくった会社だからこそ、自分が一番そこから離れられないこともある。

経営者である自分。

美容師である自分。

スタッフの生活を背負う自分。

地域に必要とされる店を守る自分。

 

 

周囲から求められる「代表」としての自分を演じ続けているうちに、

「本当の自分は、この先どうしたいのだろう」

と分からなくなることもあった。

ブランドを捨てたいわけではない。

美容師として生きてきた時間を否定したいわけでもない。

4店舗から1店舗になった今

かつて4店舗あった店は、現在1店舗になった。

数字だけを見れば、縮小である。

成長ではなく、後退に見えるかもしれない。

 

私自身も、そう感じていた時期があった。

もっとできたのではないか。

違うやり方があったのではないか。

経営者として、自分には何かが足りなかったのではないか。

 

そんなことを何度も考えた。

 

しかし『ダウンタイム』を観ていて、少し違う捉え方もできるのではないかと思った。

ダウンタイムとは、施術を受けたあと、腫れや傷が落ち着くまでの回復期間をいう。

 

見た目には完成していない。

むしろ、一時的には施術前よりも不安定に見える。

それでもその時間は、失敗でも停滞でもない。

次の姿になるために必要な時間なのだ。

サナギから、美しい蝶になって羽ばたくために・・・。

 

だとすれば、4店舗から1店舗になったことも、未来を諦めた結果ではないのかもしれない。

人が去ったこと。

組織づくりに迷ったこと。

以前のように決断できなくなったこと。

美容師ではない自分を探し始めたこと。

そのすべてが、次の自分になるためのダウンタイムなのかもしれない。

まだ、完成していない

私は今も、美容室を経営している。

今もハサミを持ち、お客様の髪を切っている。

一方で、いつかハサミを置く日を考えるようにもなった。

ブログを書くことを仕事にできないか。

美容室とは違う、新しい価値をつくれないか。

美容師ではない自分には、何ができるのか。

まだ答えは出ていない。

以前なら、答えが出ていない自分を情けなく感じていたかもしれない。

経営者なのだから、進む方向を明確にしなければならない。

迷っている姿を見せてはいけない。

 

そう思っていたが・・・、

今は、迷っている時間にも意味があると思いたい。

 

傷が落ち着く前に、無理に完成した姿を見せる必要はない。

 

次の自分がまだ見えていなくてもいい。

私は今、立ち止まっているのではない。

きっと、変わっている途中なのだ。

 

経営者にも、ダウンタイムが必要なのかもしれない。

 

なんてね。

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