30年目を迎える美容師の過去、現在、そして未来㊽

とある男性美容師の過去・現在・そして未来

あの頃、
「出店しないサロンに未来はない」
本気でそう信じていた。

拡大は成長の証。
店舗数はオーナーのステイタス。

そんな価値観のサロンにしか所属してこなかった私にとって、
出店とは“目指すべき道”であり、疑う対象ですらなかった。

今なら思う。

一人で小さく、堅実に経営する選択肢もあっただろう。

だが当時の私の頭の中に、
その発想は一ミリも存在していなかった。


独立から、わずか1年半。
思いがけず訪れた出店のチャンス。

若さとは、ときに才能ではなく暴走装置だ。

不安よりも、恐怖よりも、
胸にあったのはワクワクだけだった。


出店には求人が要る。
スタッフの成長にも出店が要る。

出店さえすれば――
自然と人は育つ。

そう教えられ、
そう信じて疑わなかった。


次はどこに出そうか。
誰を異動させようか。
どんな内装にしようか。

そして、

いくら借りようか。


借金に借金を重ねての出店。

「経営にとって借金は悪ではない」

未来の利益を前借りし、
今の成長に投資するための手段。

理屈は理解していた。

だが――

怖いものは、怖い。


それでも前に進まなければ
会社の成長はない。

そう自分に言い聞かせ、決断した。


求人をかけ、
スタッフを増やし、

テナントを探し、
デザインを練り、

業者と打ち合わせを重ね、
完成予想図(パース)を何度も眺めた。


うん、これこれ。

この時間が一番楽しい。


スケルトン状態の空間が
少しずつ“店”になっていく。

オープン準備の慌ただしさすら、
どこか心地よかった。

「経営してる感」
「社長やってる感」

あの高揚感は、ある種の中毒だ。


周囲は言う。

「すごいですね」
「順調ですね」

そして私は思う。

いける。絶対いける。


そして迎えたオープン初日。

……

本日の動員、1名。


2日目。

本日の動員、2名。


3日目。

本日の動員、0名。


サロンのオープンは、

オープンするまでは天国。
オープンしてからは地獄。

この現実を、
私はこのとき骨の髄まで思い知ることになる。

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