なぜ40代以上の美容師のアドバイスは若い美容師に伝わらないのか
「昔はチラシを1万枚配った」
「ハントで毎日声をかけ続けた」
「地域情報誌に載せれば予約が埋まった」
──40代以上の美容師が語る成功体験は、どれも事実だ。
誇張でもなければ、精神論でもない。
その時代、その環境においては、極めて合理的な“勝ち方”だった。
それでも今、そのアドバイスが若い美容師にほとんど届かないのはなぜなのか。
答えはシンプルだ。経験が古くなったのではない。
その経験が勝った戦場が、もはや主戦場ではなくなっただけなのである。
地上戦でしか勝てなかった氷河期世代
40代以上の美容師がキャリアを積んだ時代、集客は完全な地上戦だった。
チラシ配り、ポスティング、ハント、地域情報誌。
人のいる場所に行き、足を使い、声を出し、現場で結果を出すしかない。
当時は行動量と継続力がすべてだった。
やった分だけ成果が出る。
だからこそ、氷河期世代の美容師は「ストック」を何よりも大切にしてきた。
固定客、指名客、紹介・・・
現場で積み上げた信頼こそが、生活を守る唯一の資産だった。
だからこそサロンも「1階路面店」「ガラス張り」「長い営業時間」がアドバンテージだった。
どんな人が働いているか、駅近の目立つ場所か・・・。
そう、足を運ばないと情報が一切なかったのだ。
そこでの成功体験から生まれた「まずは現場」「再来率がすべて」という言葉は、当時としては正論だった。
少なくとも、その時代を生き抜いた人間にとっては。
空中戦が主戦場の若い世代
一方、今の若い美容師が立っている戦場はまったく違う。
Instagram、TikTok、YouTube。集客の起点は現場ではなく、画面の中にある。
ここで求められるのは体力よりも設計力だ。
誰に、何を、どう見せるか。撮影、編集、投稿、分析。
サロンワーク以外の時間を発信に使うのは、逃げではなく合理的な資源配分である。
この世界では、1人に深く刺す前に、1000人に届くことが優先される。
だから若い世代は、固定化よりも新規獲得、ストックよりもフローにリソースを割く。
40代美容師側の反論は正しい
ここで40代美容師はこう反論するだろう。
「SNSだって結局は継続だろう」
「バズっても現場が弱ければ意味がない」
「新規ばかり追っても残らなければ終わりだ」
これは正論だ。
実際、SNSで一時的に伸びても、技術や接客、再来設計が弱ければ長くは続かない。
最後は現場──この感覚は、今の時代でも本質的に間違っていない。
それでも噛み合わない理由
そこで思うこと。
若い美容師に響かないのは、「正しいこと」を「正しい文脈」で語れていないからなのではないか・・・?
ということだ。
40代の経験は、地上戦の言語で語られている。
一方、若手は空中戦のルールで戦っている。
その前提を共有しないまま「昔はこうだった」と語っても、若手はこう感じるだけだ。
「それで、今なにをどうすれば?」
だから話を聞かないのではない。使い道が見えないのである。
若手側にもある“見えにくい甘え”
ただし、若い美容師側が完全に正しいわけでもない。
今の戦場を選べていることと、そこで勝てる実力があることは、まったく別だ。
アルゴリズムやトレンドに守られて数字が伸びている間は、まだ本当の意味で“選ばれている”とは言えない。
発信していることと、価値を提供できていることは同義ではない。
再生数やフォロワー数が、現場での再来や紹介につながらないなら、それは自分自身の商品価値が上がっているとは言えない。
経験が否定されているのではない
重要なのは、氷河期世代の経験が否定されているわけではないという点。
否定されているのは、「そのままの形で語られる成功体験」である。
もっと言えば、若者が嫌う「武勇伝」
しかし、こうすればどうだろう。
チラシ配りは、愚直な認知獲得の継続。
ハントは、見込み客との接点づくり。
固定客づくりは、ファン化の設計。
こう翻訳すれば、その本質は今の時代でも十分通用する。
必要なのは昔話ではない。
再設計された経験だ。
対立の正体は世代ではなく構造
40代以上の美容師と若手が噛み合わない原因は、価値観の違いではない。
戦場とルールが変わったにもかかわらず、それを前提に語れていない構造にあるのかもしれない。
ベテランは経験を翻訳する責任があり、若手は環境に甘えず実力を問われる覚悟が必要だ。
氷河期世代の経験は、Z世代にはそのままでは響かない。
だが、翻訳された瞬間に、今なお最強の教科書になる。
世代間で争うべきではない。
変わった戦場を前提に、同じ地図を持つこと。
それこそが、これからの美容師に必要な視点なのかもしれない。

