30年目を迎える美容師の過去、現在、そして未来 vol.58

とある男性美容師の過去・現在・そして未来

 

未だに、正解はわからない。

店舗を売却したあとも、やはり考えてしまう。

 

もっと、できたことはあったんじゃないか。

失敗したっていい。

もっといろいろな方法で、チャレンジしてみればよかったんじゃないか。

 

 

 

店舗展開を続けられる経営者と、

私のように、途中でつまずく経営者。

 

その違いは、何なんだろう。

 

 

私は昔から、感情を表に出すのが得意ではない。

「何を考えているのか、よくわからない」

そう言われたことも、一度や二度ではない。

 

 

もしかしたら、

本当に何も考えていなかったのかもしれない。

 

 

いや、

「考えが甘かった」

という方が正しいのかもしれない。

 

 

スタッフが育つ。

求人もうまくいく。

人が増える。

じゃあ、次の店を出そう。

 

当時の私は、そんなふうに店舗を増やしていった。

 

 

でも、本当はその前に、

やらなければならないことが、もっとあったんだと思う。

 

 

人を育てること。

組織をつくること。

店長を育てること。

会社の考えを伝えること。

 

 

そして、

人が辞めても揺らがない店をつくること。

 

 

では今、それができているのか。

そう聞かれたら、

やっぱり、まだ不十分だと思う。

 

 

そんなことを考えるきっかけになった店舗が、もう一つある。

当時、人員が増え、

店の席数に対してスタッフが多くなっていた。

 

そこで、近隣に小さな店舗を出すことにした。

新店舗の話をしたとき、

そこで働く予定だったスタッフたちは喜んでくれた。

 

 

テナントが決まった。

工事の日程も決まった。

さあ、これからだ。

 

 

そんな矢先だった。

 

 

新規出店を喜んでいたスタイリストから、突然言われた。

「結婚して、彼氏の地元に行くことになりました」

……まじか。

 

 

完全に想定外だった。

若手スタッフの活躍する場所をつくるために出店を決めたのに、

オープンする前に、その中心になるはずだったスタッフがいなくなる。

 

 

それでも、もう止めるわけにはいかない。

人事異動をして、

中途採用もして、

なんとか予定していた人数でスタートできる体制を整えた。

 

 

ただ、

売上を持っていたスタイリストの退社は、やはり大きかった。

 

 

そのスタイリストの売上も含めて、

新店舗の予算を組んでいたからだ。

黒字化には、少し時間がかかるだろう。

 

 

そう思っていた。

 

 

私は新しく出店するとき、

近隣美容室の価格帯、クーポン、特徴、スタッフ構成などを、

ホットペッパービューティーでよく調べていた。

 

 

ある日、いつものように近隣サロンを見ていると、

見覚えのある顔があった。

 

……ん?

 

 

彼氏の地元へ行ったはずのスタッフだった。

 

 

「は?」

思わず、画面を二度見した。

しかも、その美容室は、

新店舗のすぐ隣のビルにあった。

 

 

そういうことか。

おそらく、

担当していたお客様の中には、そのまま彼女のところへ通っている人もいるだろう。

 

 

美容業界では、決して珍しい話ではない。

そもそも私自身、

独立して前のサロンに迷惑をかけた側の人間だ。

 

 

だから、

どうすることもできない。

 

 

いや、

何かしたところで、しょうがない。

 

 

そう自分に言い聞かせた。

 

 

ただ、現実として、

新店舗はなかなか黒字化できなかった。

 

 

毎月、本店で出した利益を、

新店舗の赤字が吸い上げていく。

 

 

いつか黒字になる。

もう少し頑張れば。

人が育てば。

そう思いながら続けていた。

 

 

でも、

経営には「いつか」だけでは済まされないこともある。

 

 

損切りは、早いほうがいい。

 

 

そう判断した。

 

 

そんな中、

アシスタントが育つより先に、

今度は売上を持っていた別のスタイリストから退社を申し出られた。

 

 

これで、

売上をつくれるスタイリストは店長だけ。

 

あとは、まだ育成途中のアシスタントだった。

 

もう、難しい。

私は決断した。

すべての店舗を整理して、

本店一店舗に集約する。

 

 

そして、

一店舗で、二店舗分の売上をつくる。

 

 

そこまでやらなければ、

会社をもう一度、利益の出る体質には戻せない。

 

 

そう判断した。

 

 

ただ、その店舗は本店から距離があった。

 

 

スタイリストにとって、

今のお客様をそのまま本店へ呼べる距離ではない。

 

 

本人たちにとっても、

本店への異動が望ましいとは思えなかった。

 

 

そもそも、

他店舗からスタイリストを動かせるほど、人員に余裕もなかった。

 

 

「今のお客様に、迷惑をかけたくない」

本店への異動を提案したが、

そう言って断られた。

 

 

その気持ちは、よくわかった。

 

だから私は、

店舗を売却することにした。

 

 

経営だけを考えれば、

正しい判断だったのかもしれない。

 

 

赤字店舗を手放す。

固定費を減らす。

本店に経営資源を集中する。

 

 

数字だけを見れば、

合理的だった。

 

 

でも、

そんなに簡単に割り切れるものではなかった。

 

 

私は店舗と一緒に、

優秀なスタッフまで手放した。

 

 

入社以来、

ずっと会社のために献身的に頑張ってくれたスタッフたち。

 

 

本当なら、

もっと活躍する場所をつくってあげたかった。

 

 

もっと成長できる会社にしたかった。

 

 

もっと、

一緒に働きたかった。

 

 

それができなかったのは、

完全に、私の至らなさだと思っている。

 

 

店を増やしていた頃、

私は「会社を大きくしている」と思っていた。

 

 

でも、

会社を大きくすることと、

強い会社をつくることは、同じではなかった。

 

 

店舗を手放してから、

そんなことを考えるようになった。

 

そして今でも、

 

時々思う。

 

 

あの頃のスタッフたちは、

私のことを、

どう思っていたんだろう。

 

思っても、仕方ないのだが・・・

 

 

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