30年目を迎える美容師の過去、現在、そして未来 vol.57

とある男性美容師の過去・現在・そして未来


 

アシスタントを配属させないサロン。

いわゆる、マンツーマンサロンだ。

 

 

このサロンを永続させるためには、何よりスタイリストの数が必要だった。

一人退社すれば、その一人分の売上が、そのままなくなる。

 

 

そんな中、少しずつ歯車が狂い始めた。

 

 

以前、店長を任せていたスタイリスト。

遅刻など、少し素行の悪さが目立つようになり、店長を交代してもらっていた。

 

 

その後、新しく店長になったスタッフと、ちょっとしたことでぶつかった。

「もう、辞めたいです」

ほとんど即決だった。

 

 

さらに、若手スタイリストの一人からも退社を申し出られた。

明確な理由は話さなかったし、私も深追いはしなかった。

ただ、

もっと都内の一等地で、スタイリストとして働いてみたい。

そんな思いがあるようだった。

 

 

若い。

そう思うのも、自然なことなのかもしれない。

 

 

問題は、それだけではなかった。

ある日、創業以来ずっと在籍してくれているスタイリストから相談を持ちかけられた。

「しばらく、本店に移動したいです」

 

理由を聞くと、

今の店舗が、どうやら居心地が悪いという。

 

 

店長とはいつも仲が良さそうだった。

 

 

人間関係が悪いようには、私には見えない。

 

 

なのに、なぜ?

彼は、LINEのやり取りを見せてくれた。

 

 

同じ店舗で働く、女性スタッフとのやり取りだった。

一見すると、店長との関係について相談しているような内容。

 

でも、読み進めていくと、

 

 

どうやら、そういうことではなかった。

 

 

 

男女の関係だった。

 

 

 

彼には、社内恋愛から結婚した奥様がいる。

私は、社内恋愛を禁止していなかった。

 

それは、まあ、いろいろな理由があって。

 

 

今振り返れば、

社内恋愛をめぐっては、それまでにも様々なトラブルがあった。

……まあ、その話は一旦置いておこう。

 

 

とにかく彼は、

その二人がいる店舗で働き続けることに耐えられない、と言った。

 

 

さらに、もう一人の女性スタイリストからも話があった。

 

結婚を機に、時短勤務にしたい。

そして、副業もしたい。

彼女は二人の関係について知っていたが、それ自体は気にならないという。

 

 

ただ、

出勤日数を減らして、もっと自由な働き方をしたい。

 

一人が辞める。

一人が辞めたいと言う。

一人は本店へ移りたい。

一人は出勤日数を減らしたい。

気づけば、このままいけば、

その店舗には、

「当事者の二人」だけが残る。

 

 

そんな状態になりかけていた。

 

 

会社には、一応ルールがあった。

社内恋愛になった場合、どちらかが他店舗へ異動する。

 

 

しかし、当時はそれすら簡単ではなかった。

一人を他店へ異動させれば、

代わりに誰かを、その店舗へ異動させなければならない。

 

 

でも、そんな余裕のある人員はいない。

そもそも、

 

「二人がそういう関係になったから、あなたが代わりに異動してほしい」

なんて、

関係のないスタッフに、どう説明すればいいのだろう。

 

 

その店舗は、全店舗の中で最も家賃が高かった。

人が減れば、売上も減る。

家賃は変わらない。

どう計算しても、赤字になる。

 

 

もちろん、何とかしようとは考えた。

知り合いの経営者にも相談した。

いろいろなアドバイスももらった。

 

 

でも、

どれも「なるほど」とは思えても、

当時の私には、それを実行して店舗を立て直すイメージが持てなかった。

 

経営者としては、失格だと思った。

 

たった数人をまとめることすらできない。

人が辞める。

人間関係が崩れる。

働き方に対する価値観も変わっていく。

 

そのすべてを、

経営者である自分が何とかしなければならない。

 

分かっていた。

でも、

もう私には、この店をどう立て直せばいいのか分からなかった。

 

そして、ある考えが頭から離れなくなった。

 

 

この店は、私が経営し続けるより、
別の経営者に委ねたほうがいいのではないか。

 

 

逃げなのかもしれない。

それでも、

私が無理に抱え続けるより、

そのほうがスタッフにとっても、会社にとっても、

そして私自身にとっても、

楽になれるのではないか。

 

 

そう考えるようになっていた。

 

タイトルとURLをコピーしました