新型コロナウイルス。
今となっては、
あの頃の異様な空気を正確に思い出すことの方が難しい。
マスクがない。
消毒液がない。
学校が休みになる。
イベントが次々と中止になる。
テレビをつけてもコロナ。
ネットを見てもコロナ。
誰かが咳をしただけで、
周囲が少し身構える。
そんな毎日だった。
そして私たち美容師も、
当然、その渦の中にいた。
ただ、
美容室には少し特殊な事情があった。
「休業してください」と言われなかったのだ。
緊急事態宣言が出た。
不要不急の外出は控えてください。
人との接触を減らしてください。
そう言われる一方で、
美容室は休業要請の対象にはならなかった。
これが、
経営者として本当に困った。
休むべきなのか。
営業するべきなのか。
お客様を守るなら休んだ方がいいのか。
スタッフを守るなら?
でも、
店を閉めれば売上はゼロになる。
売上がゼロになっても、
家賃はなくならない。
スタッフの給料も払わなければならない。
そして何より、
当時は誰も知らない。
一週間後どうなっているのか。
一カ月後どうなっているのか。
この騒動が、
いつ終わるのか。
正解を知っている人間が、どこにもいなかった。
他の美容室を見てもバラバラだった。
休業する店。
営業時間を短縮する店。
予約数を減らす店。
通常営業を続ける店。
SNSを開けば、
「お客様とスタッフの安全を第一に休業します」
という美容室がある。
一方では、
「スタッフの生活を守るため営業を続けます」
という美容室もある。
どちらも、
言っていることは分かる。
どちらも、
間違っているとは思えない。
だから余計に、
分からなかった。
経営者として、何を選べば正解なのか。
昨日まで私は、
5店舗、10店舗と、
会社の未来を考えていた。
それが突然、
「明日、店を開けるのか」
そんなことを真剣に考える毎日になった。
でも、
決断するのは経営者の仕事だ。
誰も正解を教えてくれないのなら、
最後は自分で決めるしかない。
私は決めた。
「通常営業」
スタッフには、
自分なりに丁寧に説明した。
もちろん、
スタッフも不安だったと思う。
それでも営業を続けようと決めた理由は、
とてもシンプルだった。
「お客様の笑顔を絶やしてはいけない」
美容師として、
今、自分たちにできることをやろう。
当時の私は、
本気でそう思っていた。
もちろん、
それが正しい判断だったのかどうかは、
今でも分からない。
休業を選んだ美容室も正しい。
営業を続けた美容室も、
それぞれの事情の中で決断していた。
ただ私は、
通常営業を選んだ。
結果として、
私たちの店は営業を続けることができた。
しかし――
今振り返れば、
本当に大きな変化は、
店を開けるか、閉めるかではなかったのかもしれない。
新型コロナを境に、
それまで少しずつ進んでいた美容業界の変化は、
一気に加速していった。

