30年目を迎える美容師の過去、現在、そして未来 vol.56

とある男性美容師の過去・現在・そして未来

 

一時的に落ち込んだ売上も、

少しずつではあるが、回復していった。

もちろん、

売上が戻ってきたことは嬉しかった。

 

 

でも私が、

本当に元に戻ってほしいと思っていたものは、

別にあった。

 

 

スタッフとの時間だ。

 

社員旅行。

スポーツ大会。

食事会。

それまで当たり前のようにやっていた会社行事のほとんどが、

中止になった。

 

 

スタッフ同士で集まる機会は、

圧倒的に減った。

そして、

コロナが落ち着き始めても、

以前のようには戻らなかった。

 

 

会社が企画する行事そのものが減ったこともある。

 

ただ、

スタッフ側の参加意欲も、

以前より薄くなっているように感じた。

 

 

もちろん、

それが悪いわけではない。

仕事とプライベートを分けたい。

自分の時間を大切にしたい。

 

 

そんな価値観が、

以前よりも当たり前になっていた。

 

 

でも私は、

どこかで感じていた。

 

 

少しずつ「個人主義」になってきているな……。

 

 

そんな頃、

ある店舗の店長から申し出があった。

 

「もう、アシスタントを使わずに、

マンツーマンで仕事がしたいです」

お客様を掛け持ちたくない、と。

 

 

実は、

スタッフからも聞いていた。

 

「掛け持っているとき、

なんか機嫌が悪そうで……」

 

 

彼は、

美容師という仕事が好きだった。

 

仕事もしっかりしているし、

ユーモアもある。

 

ただ私から見ると、

少し「短気」なところがあった。

 

何人ものお客様を同時に担当する。

アシスタントに指示を出す。

次のお客様を待たせないよう、

時間を気にしながら仕事をする。

 

 

おそらく彼にとって、

そういう働き方そのものが、

大きなストレスだったのだと思う。

 

 

自分の目の前のお客様に集中したい。

最高のパフォーマンスをしたい。

 

 

その気持ちは、

私にも分かった。

 

 

私自身、

何人ものお客様を掛け持ちながら、

売上を上げていた時代がある。

 

数字は上がる。

でも正直、

「辛いな……」

と思っていたこともある。

 

 

だから私は、

彼の意思を尊重することにした。

 

 

アシスタントを使わず、

マンツーマンで接客する。

 

 

そして、

その働き方に合わせた給与体系も用意した。

 

 

彼は、

喜んでくれた。

 

 

彼が私や会社に対して、

不満を口にすることはほとんどなかった。

 

 

ただ一つ、

こんなことを言った。

 

 

「新卒はいらないです。

辞めさせてしまうと思うので」

 

 

つまり、

アシスタントはいらない。

 

 

その言葉は、

経営者である私には、

少し重かった。

 

 

なぜなら、

新卒採用とアシスタント教育は、

私にとってサロンの**「生命線」**だったからだ。

 

先輩が後輩を育てる。

その後輩がスタイリストになる。

そして、

また次の世代を育てる。

 

 

私はずっと、

そうやって美容室は続いていくものだと思っていた。

 

 

でも、

店長である彼が、

その仕組みを必要としなくなった。

 

もちろん、

彼が間違っているわけではない。

 

 

マンツーマンで、

一人ひとりのお客様に集中する。

 

それも一つの、

美容師としての働き方だと思う。

 

 

ただ、

会社が目指している店舗と、

彼が望んでいる店舗は、

少しずつ違うものになっていた。

 

 

会社としては、

人を採用し、

人を育て、

次の世代へ繋いでいきたい。

 

 

彼は、

自分のお客様に集中し、

自分のペースで美容師を続けたい。

 

どちらが正しい、という話ではない。

 

ただ、

向いている方向が違っていた。

 

 

それでも、

仕事はしっかりしてくれていた。

 

私は彼のことは好きだったし、

店舗のスタッフ同士も、

決して仲が悪いわけではない。

 

 

だから私は、

こう考えることにした。

 

これも一つの、サロンのカタチなのだろう。

 

 

時代が変われば、

美容師の働き方も変わる。

会社の中に、

いろいろな働き方があってもいい。

 

 

そう思いながら、

私は受け入れてきた。

しかし――

少しずつ、

スタッフ間にトラブルが起き始めた。

 

 

最初は、

小さな違和感だった。

 

 

だが、

その違和感は、

少しずつ大きくなっていった。

 

そして私は、

このまま放置するわけにはいかなくなった。

 

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